〜第一章〜

正しい女子生徒との付き合い方(5)


「どうしたの?そんなに難しい顔しちゃって」

すぐ側から聞こえた叔母の声で一旦現実に引き戻された。

時計はすでに八時半を過ぎている。

学校の校長と言えばやはり仕事は多いのだろう。

しみじみと思いながら貴冬は口を開いた。

「お帰りなさい祐さん。遅かったですね」

「お帰り。ご飯食べる?」

美奈子が立ちあがりながらそう言った。

「うん。そうするわ」

叔母はイスに座ってふぅを息をついた。

こんな時間に帰宅とはかなりの疲労に違いない。

次に貴冬は美奈子の方へ視線を変えた。

この家に住み始めてから(実際そんなに経ってないけど)見てきたが、家事は美奈子が中心にしているみたいだ。

貴冬は叔母が家事をしている姿は見たことがないので自然にそう思っていた。

美人で料理ができて優しく面倒見がよい。

貴冬から見ればはっきり言って女性の理想像であった。

実際は貴冬がまだ女の人になれていないので本人は気付いていないようだが。

「じゃぁ、俺はもう部屋に行きますね」

美奈子を見ていたらなぜか恥ずかしくなって来たので、彼はそう言って席を立った。

「あ、貴冬くん!」

美奈子がひょこっと廊下に顔をだして貴冬を呼びとめた。

美奈子はいつものようなニコニコ笑顔で

「明日一緒に学校行こうね〜」

と言って顔を引っ込めた。

無駄にどきどきするのは男の性であるからしょうがないのである。

 

 

 

「で、なんであんたがここにいるわけ?」

ぶすっとした顔で千恵美は言った。

聞いてない呼んでない存在を許したくない。

そんな感情を向きだしにしているように貴冬は感じとっていた。

いや、こんなことは計算の中に入っていることであった。

貴冬は一つ深呼吸して(気付かれないくらい小さく)真っ直ぐと千恵美を見た。

「お前、俺のどこが嫌いなんだ?」

他の人が聞いてたら別れを求められて理由を求める男の言葉のようである。

しかも真顔で。

無論貴冬の頭の中にはそんなことは一切ない。

むしろ俺は言ったぞ!と満足しているに違いない。と言うよりそうなのである。

「え!?な、わ、私がいつあんたのことを嫌いって言ったのよ!!」

顔を赤く染めて千恵美は大声で叫んだ。

町中ならば人という人が全て振り向くような大声である。

どうやら彼女には彼の言葉が先ほどのように(七行上を参照)聞こえたらしい。

「え?嫌いじゃないの?」

千恵美の声を聞きとって目を輝かせながら貴冬は彼女を見つめた。

「う、だ、なんでそんな話になるのよ!」

すっと貴冬の顔から目をそらしてそう言った。

どうやら彼のキラキラ輝く目を見るのに耐えかねたようだ。

「由美子ちゃんが俺と話してたとき怒ってたじゃないか」

「あ…」

貴冬の言葉を聞いて千恵美は一気に暗くなっていった。

どうやら彼女もこのことを気にしているようだった。

「早川さんと由美子ちゃんって仲良いんだろ?なのに、あんなことになったから…俺の所為かと…」

「私…、男性恐怖症なんだ…」

「そう…男性恐怖症……」

えっ?と貴冬は顔を上げた。

男性恐怖症。

彼は聞きなれない単語を頭に浮べながら困惑を始めた。

男性恐怖症って文字の通り?

「普通に話せはするんだけどね…、触ったりすると…。試してみる?」

そう言って彼女はすっと貴冬の手を握ってくる。

やはり女性に慣れていない貴冬は顔をぼっと赤くさせて爆発しそうな心臓と戦うのである。

そのとき

「あぅ…」

そう言って彼女はぱっと貴冬の手を放してぶるぶると震えだした。

次第に震えは強くなっていき、顔色も青くなっていった。

「お、おい!大丈夫なのか!?」

心配になって彼女を抱き起こそうとするが、原因が自分にあることを感じて途中で静止する。

「う、ん…。時間が経てば、治るから…」

そう言って彼女は部屋を出ようとする。

自分の部屋に戻るつもりであろう。

ドアに手をかけて、彼女は振り向いた。

「貴冬くん…だよね?私…、明日…由美子に謝るから…もう心配しなくていいよ?」

顔を青ざめさせながらも笑う仕草は無理をしているとしか思えなかった。

「…大丈夫かな……」

自分の部屋でごろんと横になってそう言った。

あんなことがあって、頭の中の整理がうまくできないのであった。

明日…、あいつ…大丈夫なのか?

少し落ちこむ。

明日、…美奈子さんと登校…。

少し喜ぶ。

でも、あいつ…。

落ちこむ。

登校…。

喜ぶ。

年頃の男の子は大変である。


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